九雀のもっと詳しいプロフィール
1960年広島市生まれ。2歳から12歳(小学校卒業)までは名古屋を中心に愛知県内で過ごし、1973年、中学校入学からは大阪府箕面市在住。市立箕面三中〜府立箕面高校と進学。
中学校時代の同級生、高瀬くん森本くんらの影響で1973年9月に「パルコ10円寄席(ABCラジオ)」の収録を観に行ったのが、初めての落語体験。その時に出演していたのが桂小米さん(当時)=後の師匠・桂枝雀。
翌10月の収録時にも、桂枝雀として登場。演目は、9月が「首提灯」、10月は「風邪うどん」だったと、九雀は、記憶している。
そのあとしばらく落語から遠ざかっていたが、高校在学中に、ダイエー京橋店で開催されていた「島之内寄席」を観て、「この一門なら仲良くやっていけそうだ」と直感し米朝一門の一員になることを決心。米朝に弟子入り志願したが、米朝に新弟子の先約があり(現・勢朝)、米朝の紹介で、枝雀と出会うことになる。
内弟子体験レッスン終了の日に、枝雀から、
「室屋(本名)は、噺家としてやってやれんことはないけど、えろう向いてるほうやないなあ。10点満点の6点ぐらいやけど、どないする?」と言われ、「やります」と答えて入門。
正式入門は1979年3月1日。高校の卒業式がその前日だったので、その日の入門となった。
内弟子期間中に10くらいのネタを収得する人が多い中、たった6つで満足するような欲のない優雅な内弟子生活を送る。
5年目ころ、初の勉強会「九雀パフォーマンス」を1年間(6回)開催。場所は大阪の太融寺。
1995年より、3席すべてネタおろしという無謀なる勉強会「九雀の可能性」を始める。
2001年8月9日から「毎月九日(時々休み)九雀の日」をスタート。2002年4月に「毎月九日”頃”九雀の日」と改名。2003年10月に「月なみ(^o^)九雀の日」と改名。現在も「いきなり!(^^)!九雀の日」として継続中。
そのほか、東京、名古屋、京都、岡山、広島、小倉、福岡で、定期的な落語会を、自主開催している。
※公演主催者の皆様へお願い
こちらからプロフィールを引用される場合は、必ず九雀宛ご連絡下さいますようよろしくお願い申し上げます。
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